これから、どうする(1)

おもいつくまま(2017.3.13 / 齡45)
自分がこれから生き残るための・・・何か

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世間は、やれイノベーションだの、
これまでの仕事は新しい仕事に取って替わるだの、
常に新しい技術や考え方を学び続け、
それを追っていく必要性が充満している。

パーソナルコンピュータの発達などによって、個人ベースで何かを生み出すアウトプットの大きさも、ご存知の通り大きく多様化し、これからもそうでしょう。
それこそ個人でイノベーティブなことを起こすことも不可能ではない時代である。であれば、尚さら、個人の集まった企業であれば、企業が目指すベクトルでイノベーションを起こすことで、業績・利益や社会貢献を行う意思決定がなされるのは当然な流れなのかもしれない。

 イノベーションの定義が、いろいろな気がしているが、今起こっているイノベーションの種類には2つ思いつく。

A. 個人の社会生活に対し、画期的なシステムが生み出される。(もう、それなくしては、生活がなりたたないくらいなもの。 ex.) インターネット)

B. これまで、企業が行っていた専門業種の仕事を他業種が行えるようになることで、競争が激化すること。(企業、業種間の競争)


特にBは企業にとって死活問題で、銀行の業務がFacebookGoogleにとられそうだったりしている。そんな銀行は、今焦って、自分たちの仕事を取られまいと必死になっていたりする。

これまで積み上げてきた仕事やシステムが、あっという間に(本当は、数年単位でシステムを再構築したりしているんだろうけど、数十年単位で積み上げてきたものが、数年でという意味)、奪われる感じになっていくかもしれないのである。
そうすると奪われる側の経営者は必死になって、システムなのか、顧客サービスなのか、同じシステムを構築するのか・・とにかく、何か対策を練ることになる。

が、しかし。 相手がFacebookGoogleなどであれば、そうは問屋が・・なのです。なんでかと。既にFacebookGoogleは、ある意味、社会(世界)を牛耳ろうという勢いだし、15年ほどかけて、うまくココまで予想を立ててビジネスを構築してきたというと銀行をはじめとする旧体制企業は「ふーん・・」な感じで「関係ないよね。」という感じだったのではと想像するのに難くない。

ということはThe Gafa( Google, Amazon, Facebook, Apple )の動向を無視することは出来ないし、この4社が提供するサービスから枝を伸ばしたサービスを展開することは、これまで通りで、今後も、この方向は、あまり変わらない部分だと思う。と書いたのは、ま、絶対にGafaだけが・・という訳ではないであろうというところと、これからの働き方(リモート、グローバル、成果主義・・)のイノベーションにより仕事の概念も+αとして広がってくると思っているのからです。個人的には、この仕事と働き方のイノベーションに働きやすさを期待していたりしています。

働き方のイノベーションについて、今考えていることを整理してみますと。。逆に言うと個人的な課題と感じている箇所でもあります。
(こんな感じでテキストに起こさないと頭の中の整理が出来ないっす)

[ 働き方で思うところやキーワード ]
・自分でコントロール出来る領域の範囲を拡大することができる。
 PM、DR、アカウント不在もしくは存在を意識しない体制。
・グローバル能力。海外の人たちとコラボレーションして仕事ができる能力。
・歳とっても働ける能力。
・在宅、リモート。
・縦体制における自分の位置。
・横体制になった時の自分の価値。

サラリーマンにとっては、企業の舵の切った方向に否定的な意見を示さず、そのベクトルで成果を出すかが全てであると言われても仕方がない。
昭和初期から就職時にはその企業が行っている社会に対する成果に、ある意味憧れ、同意して入社したのだから、ここに溝があるはずはないのである。

という社会において、あえて、イノベーションを生むことが全てなのだろうか?と問いたい。

イノベーション=>挑戦。
イノベーション=>守り。
と、ここでは定義する。


話はそれるかもしれないが、このような状況で、まず、自分は、これからどうなっていくべきか?を考える上で、所属してい企業のベクトルは大きな影響を持つことは明らかである。

企業から求められる能力や役割は、日々変化する。
その中で、それを全て受け入れられるか、受け入れられないか。
受け入れられないのであれば、別の案や、嫌嫌受け入れることをポジティブに考え、その先にある自分が受け入れられる将来を想像することができるか。リスクの中にチャンスあり!というやつ。ナドナド、上述したように、入社時に同意したはずの気持ちは、入社後に、変化するのである。

① こんな仕事をするはずではなかった。
② 仕事内容は良いのだが、給与が・・
③ がんばってきたが、組織変化に伴い、扱われ方が変わってきた。
④ 歳をとったら・・・
 ④ -1. 会社にとって、どういう位置や全体社員から見られてしまうのか?
 ④ -2. どう見られるようになるべきなのか?(会社視線) 
 ④ -3. どう見られたいのか?
 ④ -4. 自分は、どう動けることが、給与・精神的にバランスが良いのか?

んーと、どこかで、同じようなポストを見たことがあるような気もするが、結局、承認欲求を求めているんだろうか。 誰かに必要とされ、そのアウトプットを褒められたいという欲求は人間にとって必要なことだと思うのです。 ただ、最近流行りのアドラーの心理学を参照すると、

・過去が現在を作っているのではない。過去はどうでもいい。
・過去の経験に今の自分の原因(やらない言い訳)を求める方が楽。>今の自分に無責任でいられる

このあたり。上記①〜④は過去から未来の自分を作っている気がしてなりません。。

「過去に目を向けている自分」に目を向ける。本当はもっと自由に生きられるのに、いつまでも不自由な生き方をしているということに気づく。

なんだか、アドラーの心理学の話しになってきたので、一旦、このあたりにして、
今、自分にとって、アドラーの心理学(正確には「嫌われる勇気」)を自分にあてはめて、整理することが最初な気がしてきました。

たぶん、次回は、そういう展開になるかと思います。